湯島天満宮への参道/江戸の街路

「湯島天満宮」正面、背後には当事務所がある「湯島ハイタウン」この写真をみるとなぜ岩崎弥太郎がここに自邸を設けたかがわかるような気が、、、


最近、街路について考えることが多く、そんな中で私たちの事務所のそばにある「湯島天満宮」通称「湯島天神」への参道について、スケッチ風にちょっと述べてみたい。

湯島天満宮は、江戸、東京の代表的な天満宮である。学問の神様である菅原道真公を祭っているということで、受験シーズンの合格祈願が多い。私も高校受験の時祈願に来たくらい。それほど有名なのに、境内はそれほど広くない。もともと周囲を見渡せる丘の上に建っており、アプローチがいくつもあって、それぞれが特色があるところが面白い。

「湯島天満宮」正面参道、銅鳥居越しに見る。これがメインアプローチ。高低差なく入ることができる。普通は正面性を意識したアプローチ一本が多いのだが、「湯島天満宮」はメインアプローチが6本あり、それぞれがユニーク。

こちらは湯島ハイタウン側から「夫婦坂」春日通りにつながる。丘の上にあるので、階段でのアプローチになる。もうひとつの異世界への入り口。

西側からのアプローチ「男坂」参道には店舗がちらほら、江戸時代はこちら側に出店が並んでいたとの事。

「男坂」見返し、江戸時代はさぞ見晴らしが良かっただろう(富士山が見えたという話)。鳥居をくぐってを降りて行くとラブホテルなどなどがある界隈につながっている。江戸の遊興空間との連続性がかいまみえる。

それを折り返すような、「女坂」、ゆるやかな斜行通路があるのが面白い。なんかカンピドリオへの坂道を思い出す。参拝客が多かったんだろうなあ。江戸時代のスロープまたはエスカレーターのようなものか。。

「男坂」「女坂」をつなぐ街路。緑あふれる場。江戸時代からここは変わらなかったのだろう。歴史ある石垣がそれを感じさせる。「湯島天満宮」は江戸のころから緑の丘の上の天満宮だったのだ。

このように、鳥居が何本もあって、それぞれ特色あるアプローチをもつ社寺は意外と少ない。丘の上に建つ「湯島天満宮」は、江戸のそして日本の特徴的な街路と参道の記憶を残していると思う。


こちらは福岡にあるホテルイルパラッツオ、「湯島天満宮」とは対照的な正面性をもったヨーロッパ的広場とファサード、周辺の日本的空間との対比の話は→ホテルイルパラッツォ/アルド・ロッシ/都市の建築

日本的空間と比較するとその違いが良く分かって面白い。

その日本的空間の特性を生かしているのは「代官山ヒルサイドテラス」→代官山ヒルサイドテラス/街路の復権

湯島ハイタウンについて、岩崎弥太郎自邸の門に建てられたマンション、この地域の歴史が面白い。→湯島ハイタウン/日本最初期の高層マンション

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