湯島ハイタウン/日本最初期の高層マンション

湯島ハイタウン外観;構造グリッドを現したデザイン。最初期の高層マンションということもあり、バルコニーがないのも特長です。


ヴィンテージマンションという言葉をご存知でしょうか?竣工後も長く愛され、、いつまでも人気が落ちず、その地域の代名詞となるようなマンションや集合住宅を指します。当事務所;K&FACTORYのある湯島ハイタウンもそのひとつです。建築散歩として、また事務所のある場所紹介も兼ねて、この建物について書きます。

湯島ハイタウンは、1969年竣工、三菱地所が開発しました。東京には1919年に施行された市街地建築法に始まり、長らく都市計画で31mの高さ制限がありましたが、それが高さ制限から容積率などによる規制の読み替えとあわせ、建築高さの緩和により、都内に高層ビルやマンションが建築可能になりました。日本最初の超高層ビル;霞が関ビルと同時期、その恩恵を受けた最初期の高層マンションです。

建物としては16階建て、かつての岩崎弥太郎邸の正門部分に当たります。(背後には旧岩崎邸(現岩崎記念館と岩崎庭園)が控えています)。坂道を利用して、1階、2階いずれもアプローチがあります。2階に当たる部分がロビーになっていて、床と壁は石張り、1、2階は店舗や事務所で、その上は住宅となっています。特筆すべきはそこにコンシェルジェ的な受付があること、ホテル的な発想で、当時の最先端でした。またユニークなのが、平面的には二戸イチの構成なのですが、それぞれの群ごとにエレベーターをかかえていること、おそらく高層住宅のエレベーター計画がなかった時代、テストも兼ねて配置されたのではないかと思います。躯体も頑丈で密実なコンクリートが打たれています。

当時の最先端マンションとして、芸能人やアーティストが多く住んだと言われています。湯島の地に長く建ち、その屏風を開いたような外観は長年親しまれてきました。実際事務所をここに開いていて、コンシェルジェでの一時預かりや、一階に郵便局があったり、二階に喫茶店やパン屋さんがあってちょっとした用などにもとても便利です。これからも長くこの建物が愛されながら使われることを願ってやみません。


2階ロビー、受付カウンターが見える。床壁は大理石貼り。ホテルのロビーのようなデザインは当時画期的だった。


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