戦後最初期モダン住宅の魅力 清家清自邸

清家清邸を外から撮った有名なモノクロ写真。インテリアと庭とが一体化した繋がりがよくわかる。


1954年間竣工 登録有形文化財

日本のモダンリビングデザインといえば、まずはこれでしょう。設計は東工大教授の清家清さん。私が学生時代から好きな作家で、研究テーマでもありました。

日本初のワンルーム住宅。オープンなプランで、構造体の壁や家具で空間を緩やかに区切る。ファンスワース邸もまだ発表されていない頃のオリジナルなデザイン。とくにトイレにドアかないので有名になった。

インテリアと庭に鉄平石を貼り、同じレベルで一体化してみせるデザイン。これは日本住宅の特徴でもある土間のデザイン化でもある。当時としては思い切った設計だった。ただ実際はそれだけでは落ち着かず、二畳の畳ユニットを設けたのだが、可愛くてユニークなデザイン、この畳ユニットの考え方は様々に真似られたものである。

その開放的な見え方から、木造だと思い込んでいたが調べ直したら鉄筋コンクリート造だった。日本住宅のデザインをRC住宅で実現したともいえる。屋根は鉄骨ハブマイヤートラス構造が支える。当時は鉄も貴重な素材で、このようなトラス構造が多く用いられた。今ならIビームで一発で飛ばすだろう。

もともとお父さんのために作ったはずが、拒絶され自分で住む羽目になったとのこと。住吉の長屋といい、やはり新しいデザイン住みこなすには相応の覚悟がいる。しかし、ここから戦後の日本モダン住宅デザインは始まったとも言えるのである。


配置平面図、庭と一体化したリビング、開放的なワンルームの構成がよくわかる。この後、庭を囲んで私の家、続私の家と続く。コンテナを改造した離れが、タモリに偶然発見され、タモリ倶楽部への出演につながった逸話も有名。


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アートの器としての住宅

T邸の施主もアートコレクター。アートが問題なく保管されている。写真はリビングにかかるアーティスト「国民投票」の作品。トップライトから壁に光を当てている。


私たちのデザインパートナーであるmatt鈴木が、RCZ住宅に注目したたのは、もうひとつの彼の専門である現代アートの保管がきっかけでした。

もともとアメリカに住んでいたこともあり、日本の住宅の断熱性の低さ、何より木造住宅の壁の薄さを痛感していました。そして、欧米に比べて高温多湿な日本の環境は、アートにとっても過酷な環境といえます。
また、現代アートはこれまでに比べてもさまざまな素材や、電気などのシステムを使うものもあり、その保存はますます細心の注意が必要なものとなっています。

最近もある住宅にアートを納入しようとしましたが、その住宅が結露でトラブルを起こしているため、納入できなくなったという事例がありました。
人間に対しててだけでなく、アートにとって、カビや痛みの原因となる結露は大敵です。保管に気を使わず、しばらくして気がついたら高額で購入したお気に入りのアートが痛んでいた、裏側にカビが生えた、などの例は枚挙にいとまがないほどです。

RCZ工法は、これまでいろいろ述べたとおり、結露を起こしづらいシステムです。
また、コンクリートということあり、セキュリティ上も安心感があります。mattはそこに注目し、RCZ工法を自分のアートコレクターが住宅を建てる時に工法として勧めるようになりました。
そして、その結果、これまでいくつか建てた中でアートを置いた実績としても、結露などの問題がなく、アートの保管に有効だということが証明されています。

RCZ工法による住宅は、人間にやさしいだけでなく、アートの器として極めて有効なものでもあるのです。

資産としての住宅

コラムのページに資産としての住宅のページを追加しました。なぜ日本の住宅そのものが資産価値をもたないのかについて、戦前の住宅のあり方から戦後の持ち家政策の流れをふまえた考察です。これからの土地利用を考えている方など、お時間があるとき是非。

資産としての住宅

北欧の木造住宅断熱デザイン

日本の住宅の断熱基準に比べて、ヨーロッパ諸国、特にドイツ、イギリス、北欧諸国などは、厳しい断熱基準を設けていることはこのホームページでも何回も述べています。それは木造住宅でも変わらなく、グラスウールやロックウールによる断熱層だけで30センチから40センチになるものが一般的です。現在の日本の基準で、一般的に断熱材の厚さが10センチ、北海道でも15センチというのに比べて倍以上の厚さになります。

これだけ厚い断熱層を必要とする基準のため、施工方法はまず日本に見られる2×4に似た木の構造体、具体的には45mm×195mmの縦枠下地の中に、断熱材を入れるだけでなく、建物の外側、内側にも入れます。いわば、躯体断熱、内断熱、外断熱のセットになっているのです。三重の断熱システムで、外断熱もあるため、躯体が守られることにもなります。日本の木造住宅が保たない原因のひとつが、木構造の結露による痛みですが、これが外断熱という形で防げることで、木造住宅でも寿命を伸ばすことができます。また、サッシュも単にペアガラスというだけでなく、二重、三重のサッシュで、木造サッシュも多く取り入れられています。

上で述べたように、二重、三重の断熱に守られた家は、わずかな暖房だけでも、冬でも全室が暖かいです。よって、ヒートショックが起こりにくい家になります。寒い冬でも暖かい北欧のくらしは、寒さを我慢して結局からだを傷めている日本人とは対照的です。 私たちは、木造住宅は寒いものだという常識を捨てるべきでしょう。ヒートショックに関しては、実は寒い東日本より西日本の方が多いという統計報告もあります。断熱が比較的なされている北海道、北陸などの寒冷地、豪雪地帯だけでなく、西日本を中心に住宅の断熱基準を見直すべきだと思います。


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ルイス カーン設計のキンベル美術館。ウォールトの頂点にスリットが入り、上から光が差し込まれて反射板によりコンクリート仕上げの天井を照らす。後に安藤忠雄がコンペを勝ち抜き、隣地にフォートワース美術館を設計する。


 

RC住宅の歴史の項でも述べたとおり、鉄筋コンクリートの歴史は意外と浅く、発明されたのは19世紀半ば、実際には20世紀に近代建築とともに広まった技術です。その自由な造形性と、人口増加や世界大戦による住宅不足に対応する技術として、コンクリートは世界中で使われる技術となりました。

最初は技術として広まったコンクリートですが、やがてそれを素材として積極的に美学として生かそうという流れが生まれます。その最初はブルータリズムという、イギリスを中心に起こった潮流です。タイルや塗装などをせずに、コンクリートをむき出しのまま使い、その荒々しい肌ざわりを生かした建築で、彫塑的な迫力を建築にもたらします。その影響は日本にも及び、今でも東京で見られるものとしては、たとえば前川國男設計の東京文化会館などがそれにあたります。

コンクリート打設の技術が向上し、表面を保護する保護材なども発達、滑らかな表面仕上げのコンクリートが打てるようになります。その代表的作品がルイス カーン設計のキンベル美術館でした。
ルイス カーンは1960年代にアメリカで活躍した建築家で、この美術館は晩年の傑作です。滑らかなコンクリートの壁と、その上に乗る連続したウォールト屋根が特徴で、多くの建築家が影響を受けました。その代表が日本の建築家安藤忠雄です。
彼の影響を受けて、作られた安藤設計の初期の小住宅群、その中のひとつ「住吉の長屋」が、日本のコンクリート住宅デザインの流れを決定づけます。この影響は、21世紀になった今でも続いています。ただし、断熱など、それ以降に浮上した省エネルギーの流れもあり、コンクリートの使い方も変わってきました。安藤忠雄も、最近のものは屋上緑化を施すなど、断熱性能を考慮してデザインしています。
コンクリートは、通常ベニヤの型枠によって成形されます、それに対してRCZシステムは、システム型枠のため、滑らかなコンクリートを打つことができます。これが生まれるまでには、先人たちの長い技術の蓄積と、美学の追求があったのです。


住吉の長屋、中庭を挟んで部屋が対峙し、雨天時は傘をさしてトイレに行かなければならないプランは一般人でも知っているくらい有名。当時この建物を見学した重鎮の建築家が、設計者より住んでいる施主が偉いと言ったとか、後に安藤自身がそろそろ中庭に屋根をかけたらと施主に進めたところ、何をいまさらと一蹴されたとか、ここまでくると伝説的なエピソード多数。


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