その3 RC住宅の歴史(戦前まで)

写真;東京に最後まで残った上野同潤会アパート、戦前に施工された。


鉄筋コンクリート(RC造)の歴史は19世紀、フランスから始まります。コンクリートの中に鉄筋を補強に入れるという技術は、実は比較的新しいのです。それまではヨーロッパでも建物は組積造、またはレンガ造が中心でした。

木造以外の建築技術がなかった日本にヨーロッパの技術が入ってくるのは黒船来航後です、明治維新以降は文明開化の風潮とともに洋風のレンガ技術が導入された洋館がつくられるようになります。

関東大震災の影響で、耐震、耐火性能の重要性がクローズアップされます。関東大震災は、東京を焼き尽くし、世界的にみても当時最大の火災だったのです。江戸時代から「火事と喧嘩は江戸の花」と呼ばれました。木と紙で出来た江戸は、火災によって常に大きな被害を受けていたのです。耐火性能を持った建物、江戸時代も蔵など工夫はされていましたが、西洋建築であるレンガ建築の耐火性能は、当時の日本にとって革新的な技術でした。銀座は、耐火性能と、文明開花のデザインの双方をプレゼンテーションする場所だったのです。ですが、レンガ建築も、必ずしも耐震性能が高いわけではありません。大震災が、その問題を露呈しました。

最初期のRC建築である東京駅前の丸ビルが施工されたのが1923年。関東大震災からの復興と、良質な住宅の提供を兼ねて、レンガ造に比べてさらに耐震性が高く、当時の最新技術だったRC造に注目が集まりました。当時の最先端の設備とデザインによるRC造の同潤会アパートが建設されたのが、昭和初期、同じく、小学校なども鉄筋コンクリートで建設されるようになります。その流れを受けて、ようやく鉄筋コンクリートの戸建て住宅でもRC造のものが少しづつ現れるようになります。そのまま行けば、RC化が進んだのでしょうが、第二次世界大戦がそれを阻害しました。

戦争期の混乱を経て、RC住宅が本格的に世に出てくるのは戦後、ある程度豊かになってきた1960年代からです。

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その1 日本の古民家の話から

その2 日本の屋根って?

その4 RC住宅の歴史2 戦後~現在まで

その5    ヨーロッパの断熱と冷暖房事情